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ランチェスター戦略的ホームページ活用術

株式会社ラグランジュポイント 代表取締役社長

高田 晃

高校時代~大学卒業まで

中学3年生時に偏差値40しかなかったにも関わらず、勉強したくないことを理由に「大学付属の高校に行きたい」という生意気な考えを当時の先生が受け入れ、いわゆる裏口入学により偏差値65程(当時)あった専修大学付属高校に入学。

しかし、あまりにも環境が異なったためか、在学中の3年間は常に学年末試験でビリという、学校内ではかなり浮いた存在であった。

素行が悪く、極めつけに「超短気」という性格も相まって、複数回の暴力沙汰を起こし、在学中に4度の停学処分。それにより、9割以上の卒業生が大学に推薦入学するという大学付属高校であったにも関わらず、推薦による大学進学の道が閉ざされる。

※ちなみに、現在は当時と真逆の性格で極めて温厚である。

「編入試験に受かれば、本校に戻って大卒になれる」という担任の先生の勧めから、北海道美唄市にある短期大学に入学。

真冬は最低気温マイナス20度を超えるという過酷な環境で短大生活を送り、そこで同級生として茂木(現ラグランジュポイント取締役)と出会う。

その後、大学2年生のときの編入試験は、彼にとって人生で初めての受験勉強となる。

編入試験に合格し、無事に専修大学商学部に入学。しかし、18歳から始めていたサーフィンにどっぷりハマり、交通費のためのバイトとサーフィンを繰り返す「海通い」の生活を送っていたため、学校に行くことは稀。そのため、大卒でありながら、いわゆる「キャンパスライフ」という経験は持っていない。

周囲が就職活動を開始していたある日、たまたま書店でみかけた書籍『一冊の手帳で夢は必ずかなう(著:熊谷正寿/かんき出版)』を購入し、むさぼるように読み込んだことをきっかけに、そこで初めて自分の将来について真剣に考えるようになる。

結果、将来起業することを決意。「まずはビジネスマンとして、どこにいっても通用するスキルを身につける」という目的から就職活動を始める。

新入社員時代

2006年、大学卒業後、ネット広告大手の株式会社オプト(東証一部上場)に入社。

営業職として頭角を現し、2年後には100名以上の営業マンがいるなか社内トップクラスの営業成績を収める。

最優秀賞(MVP)や最優秀チーム賞(MTV)等を受賞する他、営業マンとしての月間売上が1億円を超えていたことから、「1億円プレーヤー」と社内では称されていた。

しかし、輝かしい表面とは異なり、実態は社内外からのプレッシャーにより精神的うつ状態に陥っていた。

そのことから、週末になると常に酔っぱらっているという「半アルコール中毒状態」であったことは、現ラグランジュポイントのメンバーのなかでは有名な話。

20代後半

2010年、オプトのグループ会社、ソウルドアウト株式会社の立上げに参画。

営業マネージャーとして、東京エリアの営業部隊を統括。後に200名規模まで拡大する、同社のスタートアップ期の中枢メンバーとして活躍する。

特に、営業マネージャーとして「顧客開拓」ではなく、「未収金回収」を得意としていた。

※そのやり方が手荒過ぎ、顧客先から「出入り禁止」になった経験も有り。

2012年、経営再建を目的に、グループ会社に出向。

わずか6ヶ月間での業績黒字化を達成し、ヤフージャパンからの出資獲得にも貢献。いよいよ起業に向けて本格的に始動する。

ラグランジュポイント創業期

オプト入社時から目をつけていた同期の山野(現ラグランジュポイント取締役)と、北海道時代からの同級生であった茂木との3名で、毎週末カフェで起業に向けて作戦を練る日が続く。

※説明の便宜上ここから触れているが、3人での作戦会議は2008年から開始していた。

「副業としてスタートし、軌道に乗ったら起業する」という当初の思惑は達成されず、少しの打算と大半のノリで山野がオプトを退職したことを皮切りに、株式会社ラグランジュポイントを2013年4月に創業。

これまでの経験を活かし、広告代理店向けの教育・コンサルティング会社として事業をスタートさせる。

天体系における「月と地球の最も重力が安定する場所」をラグランジュポイントと呼び、「顧客とエンドユーザーを結び付ける架け橋になりたい」という想いから社名は山野が命名。しかし、いかんせん覚え難い社名であり、さらにはファミコンのゲームソフト「ラグランジュポイント」の存在が強かったことから、社名で検索しても自社サイトが上位に表示されないという痛手はいまだに続く。

ラグランジュポイント起業後

起業当初から業績は好調であったものの、それまで「紹介」や「ツテ」が中心であった自社の営業スタイルに疑問と限界を感じ始め、「人脈に頼らない顧客開拓法」を模索し始める。

しかし、思うように成果を上げることができず、「小さな会社には、小さな会社なりの戦い方がある」ということを痛感。

これまで自分自身が提唱してきたネット戦略やマーケティング手法が通用しないことに憤りを覚えると同時に、世の中に出回っている経営やマーケティングに関する情報の大半が「大手企業向け」であることに疑問を抱き、「小さな会社ならではの戦い方」を徹底的に研究する毎日が始まる。

2015年、再三にわたる自社でのテストを通じて「小さな会社ならではの戦い方」を体系化できたのを皮切りに、従業員30人以下の小規模会社を対象としたマーケティング支援業を立ち上げ事業転換。

2016年3月には、その方法論を初心者向けに分かり易く纏めた著書『小さな会社 ネット集客の鉄則(クロスメディア・パブリッシング刊)』を出版。発売開始2日でAmazonランキング(中小企業経営カテゴリー)1位を獲得するなど、中小零細企業向けWebマーケティングバイブルとして不動の地位を確立する。

現在は「小規模会社のネット集客」を専門とし、中小零細・個人事業者のコンサルティング活動に従事。

また、「難しいことを解りやすく楽しく解説する技術」を高く買われ、年間100本以上の登壇数を誇るプロ講師としても活動。中小企業向けネット集客セミナーとしては、国内トップの登壇数を誇る(同社調べ)。

「仕事は楽しく、趣味は真剣に」をモットーに、15年以上続けるサーフィンでは、年間5戦以上の大会に出場する競技サーファーとしての顔も持つ。体脂肪率は7%をキープ。2016年には、サーフィンの大会で悲願の優勝を果たす。仕事とサーフィン漬けの、育メンには程遠い2児の父である。

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